自殺報道

ここ数ヶ月間に、「自殺」に関する報道が多いように思う。
報道そのものを自粛したほうがいい。
「自殺報道」は「自殺連鎖」の片棒をかつぐからだ。

「いじめ」はいけない。
「いじめ」で死を選んではいけない。
というが、それ以上に『自殺でもしなければ大人たちは動いてくれない』この国の大人たちの対応に絶望したこともあるように思う。
学校や、教育委員会がやり玉にあがっている。
アンケートや聞き取り調査なとを行なうことで、「いじめ」を封じ込めるつもりだろうが、解決したことにはならない。当面、少なくとも同胞である日本人に対する「いじめ」はなくなるかもしれないが、ちょっと下キッカケで「自分たちとは異なる者」に対するいじめや虐待が噴出することも考えられる(日本人は過去にどれだけのことをしてきたことか...)。

「いじめ」は連鎖である。
その連鎖の一番弱いところで、次のいじめをする場所/対象がなくなった時に、死を選んでしまった。
「いじめ」の対処方法/対処療法的なものが言われているが、根本的に日本人が持つ「いじめ根性」を断ち切らなければならない。
こう書いている僕自身も「いじめの闇」を持っている。意識的に「闇」が出てくる事もあれば、無意識に「闇」が顔を出していることもある。その一人ひとりが持っているであろう「心の闇」を自覚することが、ひとつのポイントになるように思う。
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by maruyama_takahiro | 2006-11-13 07:59 | 日々是電網 | Comments(2)
Commented by lanova at 2006-11-13 14:14
ご無沙汰しておりました。PC復活しましたが、ネット社会とはいえ、PCそのものがないとネット社会は無縁なものになってしまいます。ところで「自分たちとは異なる者」がいて当たり前の社会に日本がなることはないのでしょうか。アメリカ、それももっとも移民の多い地域といわれるLAで暮らし始めて、「違っているのが当たり前」ということに、いかに日本人である私が慣れていないかを気づかされました。
Commented by maruyama_takahiro at 2006-11-13 23:33
>lanova さん
PC復活って、大変でしたね。日本はe-JapanだのIT大国だのと言っていますが、いつでも誰でもどこでも...なんていうのはウソです。PCを購入できて、プロバイダと契約できるだけの経済力がある人のみです。だからこそ、公の場所にインターネットのすべての恩恵が受けられるPCが必要なのです。日本の図書館のパソコン利用は、ウェブサイトを閲覧させるだけ。プリントアウトすらできない。ウェブメールも掲示板もブログもSNSも禁止されている。だからこそ、僕たちの図書館ではできるだけネット利用に制限を設けていません(もちろんセキュリティ対策はしてますが)。
日本では「地元民」と「新住民」ですら、サベツやイジメの対象になりうる。どこかサベツやイジメは、日本人が抱える劣等感の裏返しのような気もします。自分に自信を持ってない。そんな「闇」のタネみたいなものを、いつも抱えていたりします。
あ、すみません。ちょっとダークな話題になってしまいましたね。(^_^;
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