伝える技術

自分自身の「伝える技術」の無さに、ちょっと愕然としてしまった。

とあるML上に、これからの解決すべき課題を提起したのだが、予想外の受け止められ方をしてしまった。そんなことは一言も書いた覚えが無い...ということまで創作されていたことには、正直なところ驚きを隠せない。

が、これは受け取る側だけの問題ではなく、課題を提起した文章のつたなさにも一因があるのだろう。文字だけで伝えることの難しさを痛感する...のだが、だとしたらMLで本音のディスカッションをするには、それなりのリテラシーが必要なのだと、改めて感じたい次第である。

こんなワークショップもあるのだが、その場で「声」や「身振り・手振り」を使えるというのは、MLに比べれば楽だと思ったりもする。

 ・第29回インタープリターズキャンプ
〜言ったと伝わったは大違い 伝わるインタープリテーション術教えます〜

●日 程 2006年5月3日(木・祝)〜5日(土・祝) 2泊3日
●主 催 財団法人キープ協会
●開催地 山梨県清里高原 財団法人キープ協会
●定 員 30名
●参加費 一般42,000円  学生38,000円

その他詳細は、ウェブページにてご確認下さい。

※こんなセミナーに参加する図書館員って、いないかなぁ。
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by maruyama_takahiro | 2007-04-23 09:21 | 日々是電網 | Comments(7)
Commented by After内藤 at 2007-04-23 18:19 x
 受ける側の想像力にもよります。「言ってない事」は「ない」ものとして受ける人と「全てがあり得る」として受ける人では同じ事を聞いても受け取り方はまるで違う。その両方に正しく伝わる「ひとつ」の伝え方を実現するには常識等の共有概念に頼らず「全てを語り、語らない事はないものとする」という事前のネゴシエーションしかないでしょう。そんな非効率な交信を日常的にしていてはかなわない。
 でも日常的な交信がない相手とはある程度慎重なネゴシエーションが必要って事ですよね。
Commented by たか at 2007-04-24 01:10 x
久しぶりっす!!
まる先生もお困りのようで・・・。
文字だけで伝えるって難しいですよね。
声だけでも難しい。
顔を見て、身振り手振り、小さな表情を見逃さないようにしていても
伝わらないこと、伝えきれないこと、誤解
いろいろありますもん。
同じ文章でも悪意を持って受け止めれば悪意でしかないし。
私にとっても常に課題です。ぬはは・・・。
『真意が伝わる伝え方』
答えが見つかったら、真っ先に教えてくださいね。
Commented by maruyama_takahiro at 2007-04-24 09:25
>After内藤さま
「言葉」という記号を媒介として、何かを伝えるためには、お互いに共通のプロトコルといいましょうか...何か共通基盤づくりが必要みたいですね。例えば、オレンジ色を相手に伝えたいときに、「みかんの色だよ」とか、「RGBでいうと、255,128,0」とか、「DICの何番、Pantoneの何番だよ」とか、「ほら、去年の夏にあの丘から見た夕焼けの色」っていうのと、というのとでは、それぞれの共通プロトコルの有り様によって、変わってくるんですよね。たぶん。きっと、パソコンの専門用語にも、同じ事がいえるかもしれません。
Commented by maruyama_takahiro at 2007-04-24 09:37
>たか さま
お久です。僕もおいしい物を食べて元気になりたい....。おそらく基本的にはコミュニケーションの問題なので、一方の技術だけではダメなんですよ。理想的には双方が何らかの共通体験や共通認識や共通知識があって、その上で「言葉」という記号を使ってやりとりする。ネット(ブログやSNS、掲示板等)で炎上することが時々ありますが、これは今までの日本語教育が文字だけでやりとりするネット上でのコミュニケーションを考慮していないことに、問題があります。国語が扱っている言葉(文字)は、マスメディアだったり、新聞だったり、出版だったり..ある意味でチェックされた文字(文章)から読み取ることが主流で、ネット上のように個人の発する生の言葉だけでのコミュニケーションには、対応できていないんです。間違った言葉遣いを受け取る側が補正する能力とか、最近では『言いまつがい』でマジキレする人もいれば、笑って受け流せる人もいる...という感じですね。
Commented by maruyama_takahiro at 2007-04-24 09:37
【つづき】
そうは言っても、共通の基盤を持たない同士で、『真意が伝わる伝え方』に必要なのは、「相手を知ること」がまず第一なんですよね。「相手の知っている世界の言葉で話す。」こと。パソコン教室などをやっていると、専門用語で正確に伝えるよりも、まず相手が持っている世界の言葉で、翻訳しなおす(たとえ話にするとか)。
となると、マスコミュニケーションでは学校やNHK標準みたいなところに基準を併せていればよかったものが、ネット上のコミュニケーションでは、他者の世界を知ることが必要となりそうですね。
Commented by maruyama_takahiro at 2007-04-24 09:42
【例えば】
寿司職人にわかる言葉だったり、保育園の先生にわかる言葉だったり、図書館司書や博物館学芸員にわかる言葉だったり、ヤンキーな兄ぃちゃんにわかる言葉だったり、自衛隊さんにわかる言葉だったり....相手の世界観を知ることが、とても大切になってくる。

僕のすきな逸話で、放浪の画家 山下清氏が、行く先々で地元の有力者を紹介されるとき、相手の社会的な地域を理解するために、「軍人さんでいうと、どのくらい偉いのかんなぁあ?」って聞くそうです。「少尉くらいです」とか、「大佐くらいです」というと、その人の社会的地位を理解するのだそうです。
※コミュニケーション論とは離れますが、最初はちょっとバカにしていたのですが、実はとっても的を得た/理にかなった事...なんですよ。とっても。
Commented by フォトボル at 2007-04-24 23:12 x
伝える・・・難しい。一つの言語だけだと、案外つながるものですが、多くの言語と感情があるために、おもしろくもなり、つまらなくもなるものです。本日、関係各機関を訪問して、5年間にわたる議題を確認したところ、全く意図しない解釈において、結論を導きだされていることが解り、伝える難しさを感じたところです。手話のように言語が一つで、感情表現が人間の感覚で表現されると、多少の違いはありますが世界的に伝わるそうです。一つの社会を形成するにはその社会だけに通用する言葉も必要かもしれませんが、みんなが理解できる方法も情報発信者は考えなくてはならないと感じたところです。理解し合う場合は、両者の価値観の共有が必要になるのが大人の社会。子供社会は吸収する社会とでも解釈すれば良いのかも? 伝える人の意識改革が必要でしょうか。そんなことを感じた1日でした。でわまた。
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