「図書館」という名詞

“モロコシ”は、“トウモロコシ”の方言である。が、一方で全く別の作物を指している。
 ・モロコシ Wikipedia
 ・トウモロコシ Wikipedia

これと似た言葉として、“ワニ”と“サメ”がある。因幡の白ウサギがだまして海を渡ったのは、“ワニ”の背中であるが、これは“サメ”の背中である。

 トウモロコシ=モロコシ(方言)
 トウモロコシ≠モロコシ(別物)

 サメ=ワニ(方言)
 サメ≠ワニ(別物)

って感じです。
さて、本題の「図書館」ですが、最近、ネットができる、ハイブリッドだ、これからの図書館像だと、いろいろ書かれていて、良く耳にするのが「もう、図書館とは呼べないね」...ということなのだが、ちょっと待って欲しい。“図書”といえば本を指しているのだけれど、もともとは、“図”と“書”である。図面の図、絵図の図であり、なんらかの形状を描いたものが“図”である。一方“書”は書道の書、書写の書であり、崩れていようがなんらかの文字を書いたものっがあ“書”である。ということは、既に「図書館」は、“図”でも“書”でもなく、“本”が主役となっているものを、本=図書として用いることで対応しているように思う。
 同様に、今後ネットだと地域情報などと、本以外の情報源にもアクセスできる施設としての図書館像があるのであれば、それでも『図書館』と呼んでもいいように思う。

 鉛筆、シャープペンシル、ボールペンしか入っていなくても、《筆入れ・筆箱》
 筆が主役でもないのに、《筆記具》
 もう誰も下駄をいれていなくても、《下駄箱》
 蒸気で動いてなくても、《汽車》

ということを考えれば、「もしも、今で言う“本”がなくなったとしても《図書館》と呼びつづけてもいいのかなぁ」、と最近思うようになっているのです。
むしろ、そのことにこだわり続け、まるで《筆箱》なんだから、筆を入れろ。《下駄箱》ならば下駄を入れなければダメだ...という意見がまかり通るような《図書館》への要求/要望が根強い。それを言うなら“図”と“書”については考えてないのかなぁ...と、思ってしまう。

 昔々は、書籍館(しょじゃくかん)、それから図書館(としょかん)、図と書の館から、本(図書)の館になり、その後視聴覚資料が入り、パソコンが入り、今やインターネットや無線LANが整備された一大情報拠点となっている施設であっても、これからの未来の時代において、相変わらず《図書館》でいいようにも思うのです。
[PR]
by maruyama_takahiro | 2007-08-26 23:10 | これからの図書館 | Comments(0)
<< 僕の帰るところ 総合火力演習 >>