大決戦!超ウルトラ8兄弟

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...オヤジゴロシ映画だ...
涙が止まりません。
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by maruyama_takahiro | 2008-09-20 21:25 | まるちゃんの趣味 | Comments(7)
Commented by ひろ坊 at 2008-09-20 23:17 x
初代ウルトラマン、大変懐かしいな。バルタン星人、ベムラー、ネロンガ、ハヤテ隊員など、思い出すなあ~。わくわくしながら毎回観ていた。平成のウルトラマンティガ、ダイナ、ガイア、メビウスになるとトンとわからなくなる。それにしても懐かしい。
 本を書いていらっしゃるんですね。新山梨県立図書館は、素晴らしいものになればよいのだが、自称「書痴」としては、アメリカのある公立図書館(蔵書数150万冊以上)のように全て開架式にすればよいのだが、15万冊の予定では死蔵となる。図書館の生命の一番は、本の質と量では、なかろうか。日本の図書館を見ていて、建設費の9割ぐらいがハード、建物。のこり1割がソフト、本等の購入費。全体の4~5割をソフトに当ててもらいたい。ときどき県立図書館に行くのだが郷土資料や本でも無い物が多すぎる。有っても貸し出し禁止。読みたい本は、購入することにしている。
Commented by maruyama_takahiro at 2008-09-20 23:40
>ひろ坊 さん
コメントありがとうございます。

実は、「ウルトラマン」に対しては、他の人とは違う視点を持っているんdす。それは『ロールモデルとしてのウルトラマン(像)』という見方。宗教観に乏しい日本人にとっては、何か「かくありたい」「かくあるべし」というモデルが無いんですよ(特に最近は、「こんな大人になりたい」というモデルを持っていない子供が多い)。

「大きくなったらウルトラマンになりたい」は、夢とか正義感とか、優しさとか強さとか、そんなものの一切合切を含めた「なりたいモデル」として存在しているように思うのです。

Commented by maruyama_takahiro at 2008-09-20 23:45
図書館については、難しい事ばかりですね。

新図書館に関しては、そのハードすら微妙なんじゃないか...って感覚を持っています。補助金が出た博物館の建設費ですら大変だったようですから、今回は補助金等はまったくないようですので、どこから建設費を捻出することやら...

日本の公共図書館のモデルは、書店で売っている本を無料で貸し出すことが第一のサービスである...とした図書館でしたので、全国的にそのモデルが広まっちゃってます。そこから一歩はみ出ようとすると、それだけで『図書館の壁』にぶつかったりするんです。

Commented by ひろ坊 at 2008-09-21 01:17 x
丸山さんの指摘しているように、多くの子供たちがこんな大人になりたいというモデル、いや理想を持たなくなったように思う。社会から情熱や理想を持つことが少なくなっている。理想を持てば、現実に対する反省や批判が起こる。少し前までは、子供達がよく「なぜ、なぜ、どうして」と言うのを聞いたが、このごろは、「なぜ」をあまり聞かない。どうしてなんだろう?
Commented by After内藤 at 2008-09-21 08:23 x
 子供が「なぜ?」を発した時に親が答えずに怒ってシヤットアウトするために子供心にタブーを作ってしまうのでしょうね。
Commented by maruyama_takahiro at 2008-09-21 10:04
大人に対して「なぜ」「どうして?」と投げかけても、答えが返って来ないと、基本的に「あきらめる」モードになります。この人(大人)に聞いても無駄だ...とわかると、当てにはしなくなります。それは親であっても学校の先生に対してもそう。とは言っても、大人がなんでも答えを知っているとは思っていませんので、むしろ「いっしょに考えてくれる大人」を求めていたりします。最初から夢や疑問を持たなければ「あきらめる」こともない。子ども達の心の中には、そんな気持ちがあります。

また、時代が高度になったせいなのかもしれませんが、子ども達の方が良く知っていることはたくさんあります。ポケモンのキャラクタやゲーム機の使い方、ケータイ電話やインターネットに関することなどなど...大人が子どもに教えてもらう事の方が多いくらいです。かつてゲームの世界では「高橋名人」という方もいらっしゃいましたが、残念ながら現在のゲームの世界ではそういう大人は存在していません。


Commented by maruyama_takahiro at 2008-09-21 10:13
そして僕が危険だと思うのは「なりたいモデル」にスポーツ選手を選ぶこと。努力するとか夢をつかむ...といった面ではよいのですが、人格的にモデルになり得ない。高校のスポーツの世界をみてもそうですが、「試合に出れなくなるから不良行為はしない」というような本末転倒的な思考がうまれているのも事実なのです。出場停止になるから悪事は働かない...という感じ。これはもうモラルのモデルにはなり得ないんです。

今、スポーツの世界で名をはせて、引退してからの生き方がモデルになり得るのは「中田ヒデ」氏くらいでしょう。世界を少しでも良くするために何ができるか。それを考えて取り組んでいる。それ以外は、タレントになってテレビに出る事くらい。

末は博士か大臣か...を目指す子どもが、とにかく少なくなりました。だからせめて、「大きくなったらウルトラマンになりたい」の想いを消さないようにしなければならない...と、思っているのです。
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