デジタルアーカイブの《価値》

以前、子どもたちにこう言われた。

 「一枚しかないから価値があるんだよ」

って。それは子どもたちの母親の両親...子どもたちからみえれば、祖父母の写真がそれぞれ1枚ずつしかないことについて、話してくれて時のことだった。

なるほど、それも一理ある。

数回前から、《価値》について書いてきたが、基本的にはあまたの経済原理と同様に、[需要]と[供給]のバランスの中で、価値が決まってくるのだと思うし、また価値づけをする[市場:マーケット]が不可欠であることもイメーイできる。

そのアーカイブをどれだけ必要とする人・団体・場面...があるか。
そして
そのアーカイブをどれだけ提供できるか(どこにでもあるものか、ここにしかないものか)

そう考えると、価値を高めるには2つの方法がある。
1)必要とされる場面を増やす(需要の掘り起こし)
2)希少価値にする(供給を限定する)
だ。そう考えてしまうと、デジタルアーカイブはあまり吹聴しないほうが価値が高くなるようにも見えてしまうが、それでも見たい・知りたいと思う昔の写真(そこに写っている場面)は尽きるものではない。

デジタルアーカイブが増えれば増えるほど、充実すれば充実するほど価値が高まるような仕組みづくりはできないだろうか。埋もれているだけの写真をデジタル化して人前に出せば出すほど価値が高まる...そんな循環をつくれないだろうか。

そんなことを考えていたりする。
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by maruyama_takahiro | 2008-12-18 08:58 | DigitalArchives | Comments(5)
Commented by TsunaguNPO at 2008-12-18 17:19
この間のシンポで考えたのは、著作権や肖像権のこと。
これはいったいどう解決したらいいのか。韓国ではフリーなんだそうですね、ほんと? 取材するたびに、2次使用を認めてください、ネットで販売することを認めてください、ではここにハンコを、などということが可能なんだろうか? いやはや、むずかしそう。
Commented by TsunaguNPO at 2008-12-18 17:21
そんな状況下で、アーカイブやアーカイブの使用なんかができるんでしょうか? 価値を高める以前に、そもそもアーカイブが可能なのでしょうかねー、とボクはボーゼンとしております。
Commented by maruyama_takahiro at 2008-12-18 20:22
基本的に、自分が撮影して写真の中で、誰彼がわからない写真(後ろ姿とか顔の部分?)くらいしか、自分では自由に使えないんだろうな...と、思ってます。
今日もやはり、映像アーカイブの研修会だったのですが、結局は著作権・肖像権の話で終わってしまいました。

韓国の例は詳しく知らないのですが、なんでこんなに権利でガチガチになってしまったのか。FlickrやYouTubeを見ていても、諸外国の図書館アカウントの写真や動画をみても、ばんばん写ってます。

ひとつには、人前に出たがらない日本人気質が、こんな権利体系にしてしまったように思います(個人情報保護法にしても、職員名簿の閲覧制限にしても...)。とにかく子どもたちが前に出たがらない...それは大人達が前に出たがらないことの反映であり、学校の職員室であっても多くの先生方が役を振られるのを敬遠しますが、子どもたちはそんな大人達の姿をみて、子どもたちも大人達も「人前にでると損をする」的な感情があるんでしょうな。

だから僕は本名を使ってでも人前やネットに出ているのです。

Commented by TsunaguNPO at 2008-12-18 21:46
「基本的に、自分が撮影して写真の中で、誰彼がわからない写真(後ろ姿とか顔の部分?)くらいしか、自分では自由に使えないんだろうな...と、思ってます。」やれやれ、これじゃ、最悪じゃないですか。笑 
Commented by maruyama_takahiro at 2008-12-18 22:30
だから、大原則は「世の中のすべてほんとんどの写真は“使わせていただくもの”」なのです。

その代わり「私に関わらせていただければ《価値》があがりますよ」とする。プライベートにおいても、コミュニティにおいても、パブリックにおいても...そしてなによりも、その地域に「間違いなくそこに生きていた証し」を残すことができる。

家の中のアルバムの中にしまわれたままだったら、そこまでの価値がないまま埋もれ消え去ってしまいますよ。それはここで埋もれるだけでなく、あなたの子々孫々に向けても伝え残すことができなくなりかもしれませんよ(脅してどうするぅ?)。

デジタルアーカイブに関わるものは、1)使わせていただき、2)活用し価値を高め、3)記録した方の生きた証しを残し、4)話題が増えることで地域を豊にする、そして5)ほんの少し関わる人に施しが回る...そんなことを考えながら、そのための仕組みづくりに取り組むことが肝心だと思うのです。

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