奇跡の動物園

奇跡の動物園 ~旭山動物園物語~ [DVD]

ポニーキャニオン

昨日、相互貸借の資料があったので隣村の図書館に出掛けた。ついでにDVDを一本借りてきた。
みながら、いくつかの場面で、ウルっときてしまった。作品として多少の演出はあるだろうが、基本的には実話である。旭山動物園がなぜ奇跡とも言える復活をしたのか...その一端をかいま見た思いだ。

ただ、ひとつ不思議な事は....
園長さんも飼育員さんも、閉館に追い込まれたときと同じメンバーなんですね。
こうした再起物語では、◯◯再生のプロが来て....なんていうのが多いと思うのだけれど、そうした人材が新たに入ってきたわけではない。今いるメンバーがそのまま再起のメンバーでもあるのだ。これは注目に値する。

このお話しの中で、「飼育員が考えた理想の動物園」のスケッチが沢山登場する。旭山動物園が復活したのも、その理想の動物園のスケッチをひとつひとつ実現したからに他ならない。

では、
「司書や図書館員が考える理想の図書館」というのもあるのではないだろうか。

 今までこうだったから、別に問題ないから...といって、理想の図書館を目指すというイメージはあまり感じられない。昨日と同じことを今日も黙々と粛々としている。たぶん、閉館間際の旭山動物園もそうだったのだろうと思う。黙々と粛々と動物たちの飼育をしていた。でもそれで閉館に追い込まれたのだ。
 このDVDの最初のほうに、市議会議員さんと園長さんのやりとりの中で「図書館は利用者数も赤字も問題にならないのに、なぜ動物園だけが言われなければならないのか」。
 そうなんです。図書館はよほど自治体の財政が破綻状態にならなければ、閉鎖はないのです。だからなのでしょうか「理想の図書館」を実現するための知恵も汗も出さなくていいのは。
 米国の...とはいいません、せめてシンガポールや韓国や上海の図書館なみには、なりたいものです。
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by maruyama_takahiro | 2009-02-08 12:42 | これからの図書館 | Comments(4)
Commented at 2009-02-08 23:53 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by maruyama_takahiro at 2009-02-09 00:54
> Kuracyanさん
コメントありがとうございます。

実は正直なところ、僕も「理想の図書館像」を描ききれていないのです。
というか、ジュニアライブラリアンたちと一緒に4コマCMを作っているのですが、あくまでも絵コンテを描き、台詞をつけるのは彼女らで、僕はその設計図に基づいて、フィニッシュワークをしているんです。

http://yamanakako.exblog.jp/7923562/

このモデルって、図書館のあり方にも似ているんじゃないか...と、感じてます。パトロンの皆さんが何を望んでいるのか、それをカタチにするのが現場監督以下司書などの図書館職員なのではないか..と。それを、館長が先走っているだけでは、たぶんどこか空回りしているだけじゃないか...と(そう言いつつ、最近のネット進出はかなり実験的すぎて空回りだ)。

Commented by maruyama_takahiro at 2009-02-09 01:02
現場監督である館長自身が、「本当にこれでいいんだろうか」といつも確証が得られていないんです。それは利用者さんから本当に支持を受けている取り組みなのだろうか...と、暗中模索/疑心暗鬼/五里霧中/ぬかに釘/のれんに腕押し...ブログを書き続けているのに、いっさいコメントが来ない状態...みたいな感じ。かりに評価を受ける事があったとしても、それは「業界の中の人」からで、図書館の利用者さんからではない...。

それはたぶん、利用者さん側も、どう評価していいのか解らない...というのも実際のところなんです。

明らかに欠落しているのは『ビジョン』なのだと思うようになりました。将来こういう図書館でありたいという姿を明文化しながら、利用者と共有し、そこに向かうためには10年後どうなっていたいか、5年後の目標は、次年度どこまで実現するか、今年度は何ができるか....というものがあって、はじめて「今自分たちが取り組んでいることに意味が有る」と実感できるんじゃないかと思っています。
そして肝心なのは、その『ビジョン』を誰がつくり、誰が支持するのかなんです。将来にわたりその図書館に対して「義務と責任を持つ人」がそもそも不在なのです。

Commented by kuracyan at 2009-02-15 01:33 x
こんばんは、あれから予定外の神戸行きが入るなどしてまだ山梨訪問記が完成せずです。山中湖情報館訪問記録 掲載しましたが、自分が感じたことを書ききれていませんがまだ宿題(課題)を持ち続けているので今年1年かかって書いていきたいと思います。
読んでいただくと「なんじゃ これは」と思われるかもしれません。

ところで、利用者がどんな風に図書館を楽しんでいるか、(利用しているかという業務用語ではなく)、大人の図書館の楽しみ方はかなり密やかで無言であるなどわかりづらいし、わかりあいたいとも思わないまま、お互いに触らない距離を維持することがマナーであったりします。でも私は自分で本を買うよりも図書館の本や<資源>を通して図書館の人と会話できたらもっと図書館が楽しくなるのにと思っています。

>本当にこれでいいんだろうか
・・・・どんなことでもそういう謙虚さは必要かもしれませんね。
でも、「これでいいのだ!」と思うことも必要です。
そのためには利用者からの反応、相互感応がなくては「納得!!」が生まれません。また評価はかなり相対的なものなので自分の評価と他人の評価は「良好」という共通な感じであっても具体的な評価の対象が違う場合もあります。だから病院の患者から慕われる医師が手ごたえを感じるのは手術の成功度はもちろんですが、患者とのしっかりした手ごたえではないかと・・・・。
図書館も人の知的営みにあずかる場所ですので医師と患者の間にあってほしい信頼関係のような絆が<本>を介してではなく、実は<人>を介しているのではないかという気がしてなりません。

これからの図書館像を描こうとする時、一般的にちょっと乱暴ですが、日本人のような宗教性の曖昧な民族にとっては「精神的・知的よりどころの場所」は「寺」や「教会」ではなく「図書館」ではないかと私的には漠然と思い描いてしまうのです。
そういう可能性を持った図書館をもっと我々は大いに自分の暮らしに取り入れてもいいのですが、多くの友人も図書館のイメージは「ベストセラー小説を借りるところ」に落ち着いてしまいます。
そうなんかなぁ~~それでいいのかなぁ~~。
だったら、本を持っている人同士で、昔のようにまわし読みすればいいんですよね。
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