2014年 07月 22日 ( 1 )

それは『図書館』ではないの…ほんとに?

この夏、とある集まりのとあるグループワークの中での議題を考えているなかで、文字にしながら考え方を整理したいと思い、ひさびさにブログを書いてます。

テーマは、「それは『図書館』ではないの…ほんとに?」

ことの発端は、山中湖情報創造館が、「図書館」ではなく「図書館類似施設」と思われたり、「公共図書館機能」ではなく「公共図書館的機能」を持っているとされたりしたこと。誤解は解消されたので、すでにわだかまりは解消されたのですが、なぜそう捉えられたのか、そう思われてしまったのか。確かに「図書館」という名称を持たない「山中湖情報創造館」ではありますが、公式ではないものの英語表記では、"Yamanakako Public Library for the People's Creativity" としているだけあって、「類似」とか「的」といわれるのは、これまでの10年間の活動を否定されたのでは?!と感情的にもなってしまいました。

でも、どうしてそう思われたのか。
…を考えているなかで、こんな図が描けるんじゃないかなぁ〜というのがこれ。
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どうやら、強固で堅牢な、「図書館とはかくあるべし」な枠組みが存在しているように思っています。そこからちょっとでも逸脱すると、四方八方から「それは図書館ではない」「図書館にはなじまない」「図書館はそんな取り組みはしない/させない」…みたいな集中砲火!
実はかつて、私達のNPO法人地域資料デジタル化研究会の小林是綱理事長が、石和町立図書館長だった時代には、ビデオやレーザーディスクなどの映像資料の貸出を日本で最初に始めた際に、おもいっきり批判されたそうです。その後も、現在の北杜市図書館(当時、八ヶ岳大泉金田一春彦記念図書)において、利用者自身がセルフサービスで貸出返却できる自動貸出返却機を導入した際には、貸出はカウンターで人がやるもので機械がやるものではない!と、これまた業界筋から思いっきり批判されたそうです。
昨今では、指定管理者制度などにより民間の営利企業や民間の非営利団体らが図書館の管理運営をするなかで、様々な取り組みが行われていますが、ちょっとでも『図書館の枠組み』から飛び出そうものなら、「それは『図書館』じゃない!『図書館』がやるべきことではない!」といった批判が出てきます。

これまでの図書館の業界の考え方の中に、いつのまには「図書館は成長し進化するものである」という法則を忘れ、図書館はいつの時代もかくあるべし! のような固定観念に縛られた考え方がはびこっており、そこから逸脱しようものなら、なんとか理由をつけて「それは『図書館』じゃない!」と叩かれているのではないでしょうか。

そして、10年前。山中湖情報創造館を最初の指定管理者図書館事例とする際に、そんな批判を回避するために作った条文が、

 「図書館法に基づく機能を有する施設とする」

でした。考え方は右下の図です。中心に核となる「図書館機能」を置きながら、公共図書館としてのサービスを提供しつつ、設備的には貸館としての研修室があり、パブリックPCのあるマルチメディアコーナーを備えた複合施設として、また管理運営における創意工夫や取り組みは拡張できるものと…と位置づけました。その結果としての「情報創造館」なのです。これは後に、武蔵野プレイスなどの複合施設も同様のコンセプトを取り入れていると聞いています。

そうなると、これはもう「図書館」とは呼べない施設なのでしょうか?

ここのところが、冒頭の記述の誤解を生じる原因になりました。図書館の枠組みから飛び出しているから「類似施設」、公共図書館サービス以上のことに取り組んでいるから公共図書館「的サービス」…と。
今後、加速するICT環境や電子書籍などの新しい媒体による資料などを、図書館をMOOCsなどの遠隔学習の場にするなどに取り組むとなると、どうしても従来の「図書館の枠組み」から逸脱しなければなりません。そんな時に、ひとつひとつ批判や中傷をうけていたのではたまりませんから、ひとつの考え方、防護措置として、「図書館機能」という核をもちつつ、拡張する社会教育施設…という不思議な形態が生まれました。

でも実はこれ、諸外国から見れば…「それも図書館の範囲じゃないの?」とさも当然に、あっさり扱われます。そう。諸外国の図書館では、「図書館の枠組み」そのものが、弾力性があり拡張自在であり、どこまでいっても「図書館は図書館」なのです。「Public Library は、Public Library」なのです。
11年前に、ジャーナリストの菅谷明子さんが、「未来をつくる図書館」を出版され、話題になりました。帯には「え、これが図書館!」というちょっとセンセーショナルな文字がありましたが、そこまで拡張しても図書館は図書館…というのが、外国の米国の図書館に対する考え方です。
インターネット上でちょっと検索してみれば、図書館にレゴはあるし、世界中の図書館でゲームをする日はあるし、パブリックPCでお仕事をする人、スキャナーやプリンターの利用は当然、視聴覚資料だけでなくオーディオブックやゲームカセットまで貸し出し、さらに近いところでは3Dプリンタを導入して図書館内に「メイカースペース」を作る…といったことまで、すべて「図書館の枠組みの範囲」なのです。しかもそれを、業界団体であるALA(米国図書館協会)が、お墨付きを与え、全国の図書館に普及を促すほど。

まとめれば、
・これまでの日本の図書館には「図書館という堅牢な枠組み」があり、それを逸脱すると叩かれる風潮がる。
・それを回避するために、図書館機能を核とおいた複合施設として展開する手法が生み出された。が、それはもう「図書館とは呼べない」のではないか。
・いや、諸外国の図書館をみれば、図書館の枠組みは弾力性があり、時代の変化に対応しながら拡張している。それでも「図書館は図書館」として成立してる。(成長する有機体である)

という感じ。MITメディアラボ副所長である石井裕先生のいう「出杭力(でるくいりょく)」は、日本では叩かれる対象となっても、グローバルな場にでればそれは拡張のための「押出力(おしだしりょく)」としてはたらく。特に諸外国の図書館においては、そうやって時代に対応することで、図書館の社会的価値、社会的位置づけを強固なものとし、予算の獲得や資金調達、利用者への還元を果たす役割を担っている。
日本の公立図書館を始めとする社会教育施設は、図書館は、博物館は、公民館は「かくあるべし」という強固で堅牢な壁を守る姿勢から、核となる本質的な機能をしっかりと保持しつつ拡張する枠組みへと考え方を変えなければならない。
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なぜならば、それぞれの機能を有する施設が拡張するスタイルはとても「特殊事例」になってしまいます。山中湖だから、◯◯市だから…うちではできません。という…できない理由…になりがちです。一方で、枠組みそのものを柔軟に拡張するのがこれからの図書館であり博物館であり公民館であるならば、「一般事例」として全国の社会教育施設が取り入れることもできるし、それぞれの業界団体がお墨付きをあたえ普及させることも可能になります。

少なくとも今後21世紀の図書館像・博物館像・公民館像…社会教育施設像を描くには、そんな転換(外国ではあたりまえだけど)を、業界をあげて取り組まなければならない…と、思ったりもするのです。
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by maruyama_takahiro | 2014-07-22 10:35 | これからの図書館 | Comments(0)