カテゴリ:DigitalArchives( 77 )

デジタルアーカイブに関わるということ

このブログのコメントで、TsunaguNPOさんとのやりとりの中で、デジタルアーカイブに関わる...ということについて書いてみた。

例えば写真ひとつとっても、世の中の写真の中で、自分自身で自由に使える写真は、

 誰からもお金をいただかず(依頼されたものでなく)
 自分のお金で買った機材で
 有名な行事を撮影したものでなく(祇園祭などは厳しいらしい)
 特定の施設内でもなく(店内や敷地内での撮影に許可がいるところも)
 自分のお金で出かけ
 自分自身で撮影し(レリーズ、リモコンを使っても自分自身がシャッターを切る)
 特定の人が判別できず(後ろ姿とか一部とか遠景とか)
 特定の企業や商品等のロゴやマークが写っていない

と、極めて極めて限定されている。自分で撮影した写真ですら、制限がかかるのである。

だから、デジタルアーカイブに関わることの大原則は「世の中のすべてほんとんどの写真は“使わせていただくもの”」なのです。

その代わり「私に関わらせていただければ《価値》があがりますよ」とする。プライベートにおいても、コミュニティにおいても、パブリックにおいても...そしてなによりも、その地域に「間違いなくそこに生きていた証し」を残すことができる。

家の中のアルバムの中にしまわれたままだったら、そこまでの価値がないまま埋もれ消え去ってしまいますよ。それはここで埋もれるだけでなく、あなたの子々孫々に向けても伝え残すことができなくなりかもしれませんよ(脅してどうするぅ?)。

デジタルアーカイブに関わるものは、
 1)使わせていただき
 2)活用し価値を高め
 3)記録した方の生きた証しを残し
 4)話題が増えることで地域を豊にする
そして
 5)ほんの少し関わる人に施しが回る...

そんなことを考えながら、そのための仕組みづくりに取り組むことが肝心だと思うのです。
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by maruyama_takahiro | 2008-12-18 22:56 | DigitalArchives | Comments(5)

どこで《価値》が生まれるのか

デジタルアーカイブの価値について考えている
今日は、《価値》の生まれる場所について考えてみた。
結論的に言えば次の4つの場所かな...と、今のところ考えている。

 ・プライベートな価値(Private Value)
 ・コミュニティな価値(Community Value)
 ・パブリックな価値 (Public Value)
 ・エリアな価値 (Area Value)

●プライベートな価値(プライベート・バリュー)
 個人的なものから、家族、一族など血縁の範囲で生じる価値。ご先祖様の写真、父母の写真あるいは孫のビデオ等、血縁家族の中で生まれる《価値》。希少なものに価値がつくというよりも、血縁関係の中での位置づけにより価値が生まれる。

●コミュニティな価値(コミュニティ・バリュー)
 ファン、マニア、同好会等々、特定の嗜好の中で生まれる価値。希少価値的な評価。「まんだらけ」などがつける値段は、この性格が強い。

●パブリックな価値(パブリック・バリュー)
 一般的、客観的、公開的な価値。ただし目利きによる評価が必要となる。いわゆる「
なんでも鑑定団」的に評価される価値。一度価値がつくと、そう大きく変動することはない。

◯エリアな価値(エリア・バリュー)
 特定の地域における価値。これは上の3つとは異なり、デジタルアーカイブが豊かになるにつれて、特定のエリアやスポット、ゾーンに対する価値が高まる。地域の話題、地域コンテンツ、地域アーカイブの量が増えれば増えるほど、その地域に対する興味や関心が高まるという意味で、デジタルアーカイブによって価値が変わる対象として《地域:エリア》があることを認識しておきたい。

ここまで書いていて、ちょっと思ったのだが、かつて堺屋太一氏が「好縁社会」を語った本の中で、世の中には「地縁」「血縁」「職縁」があり、これからは「好縁」社会が来る...といっていたことを思い出した。
そう考えると、

 《価値》って「縁」の中で生まれる

と思っても良いのかもしれない。
などと考えていたりする。
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by maruyama_takahiro | 2008-12-18 20:47 | DigitalArchives | Comments(0)

デジタルアーカイブの《価値》

以前、子どもたちにこう言われた。

 「一枚しかないから価値があるんだよ」

って。それは子どもたちの母親の両親...子どもたちからみえれば、祖父母の写真がそれぞれ1枚ずつしかないことについて、話してくれて時のことだった。

なるほど、それも一理ある。

数回前から、《価値》について書いてきたが、基本的にはあまたの経済原理と同様に、[需要]と[供給]のバランスの中で、価値が決まってくるのだと思うし、また価値づけをする[市場:マーケット]が不可欠であることもイメーイできる。

そのアーカイブをどれだけ必要とする人・団体・場面...があるか。
そして
そのアーカイブをどれだけ提供できるか(どこにでもあるものか、ここにしかないものか)

そう考えると、価値を高めるには2つの方法がある。
1)必要とされる場面を増やす(需要の掘り起こし)
2)希少価値にする(供給を限定する)
だ。そう考えてしまうと、デジタルアーカイブはあまり吹聴しないほうが価値が高くなるようにも見えてしまうが、それでも見たい・知りたいと思う昔の写真(そこに写っている場面)は尽きるものではない。

デジタルアーカイブが増えれば増えるほど、充実すれば充実するほど価値が高まるような仕組みづくりはできないだろうか。埋もれているだけの写真をデジタル化して人前に出せば出すほど価値が高まる...そんな循環をつくれないだろうか。

そんなことを考えていたりする。
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by maruyama_takahiro | 2008-12-18 08:58 | DigitalArchives | Comments(5)

写真の《価値》

前に引き続き、《価値》について

昨夜あるニュース番組で、本年6月に発生した「岩手・宮城内陸地震」で被災され、せき止湖によって水没した温泉旅館が取り上げられていた。そこの8代目ご主人が、地震後はじめてその水没した宿に行くことができたということだったが、彼がなによりもまず探し出したかったものは『母の写真』であった。

 ・湯ノ倉温泉・湯栄館
 ・湯栄館 関連ニュース Googleニュース
  河北新社の記事はすで削除されています

たぶん縁もゆかりもない僕たちがその写真を見ても「昔の女性が写っている古い写真」でしかない。前の記事のように「古写真鑑定」をしたところで、そうそう高い値がつくとは思えない。しかしながら、そのご当主にとっては何よりもかえがたい《価値》があるのだ。

以前別のニュースで、ホームレスになった人がリサイクルショップを立ち上げ事業化した話を聞いた。彼によれば、「一人でも欲しい人がいれば商売になる」という。割れた茶碗であっても、タイルのようにテーブルトップに使うこともできる。捨てられるだけの割れた茶碗であっても、それを欲しいと思う人には、一箱に値段が付いていても買ってくれるのだ。

 ・生活倉庫

一方で、誰もが納得できる客観的な評価額があり、もう一方できわめてプライベートな価値が生まれる。たぶん、僕らが取り扱おうとしている対象となるデジタルアーカイブには、そういう性格の《価値》があるのだと思う。

【参考】
 ・岩手・宮城内陸地震 Wikipedia
 ・生活倉庫
 ・堀之内九一郎
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by maruyama_takahiro | 2008-12-16 09:21 | DigitalArchives | Comments(0)

デジタルアーカイブを考える

デジタルアーカイブには、ちょっと考えただけでも、実に沢山の権利や利害が関係してくる。これらに関しては、持続可能なデジタルアーカイブの将来を考えれば考えるほど、従来型の権利処理ではうまくいかないのではないか...と、思っている。

さてそのような中で、いきなり契約書とか覚え書きの文面を書き始めてしまうと、基本的な考え方を方針とすることよりも、文章の文言に注意がいってしまうことになる。
非営利活動として地域の中に埋もれている資料を掘り起こし、デジタル化し、公開を含めた利活用を推進するための、[基本的な考え方]を共通認識として持つことが必要ではないかと考える。そしてその考え方そのものを、今後の非営利活動の柱とすることが必要なのではないか...と、考えているのです。この[基本的な考え方]がいずれ業界スタンダードになれば...もっと良いとも思っています。

そのためにはなによりもまず

 ・それは誰のものなのか

を、一点一点の資料に対して、明確にすることだと思っています。
もうちょっと明確にすれば、

 ・「それ」は「誰」のものなのか

と考えれば、「それ」には何があるのか(物品の所有から始まり、複製する権利やらトリミングや画像補正する権利などもあります)。「誰」とは個人なのか法人なのか任意団体なのか等々があると思います。
その上で、

 ・「それ」を使うにあたり「誰が」「誰に」許諾をいただくのか
 ・許諾する/される《範囲》(利用する目的や内容)
 ・許諾するにあたる《対価》(利用するための金額、対価、交換
条件等)

で考えてみてはどうだろうか。
このあたりができれば、具体的な文面や資料に対する目録データの作り方などへも、反映されるものと思います。

※ただ...残念ながら時間がそれを許さないことも...少なからずあるようです※
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by maruyama_takahiro | 2008-12-15 23:10 | DigitalArchives | Comments(0)

デジタルアーカイブの見積

日頃の準備が足りないので、こういう時に行き詰まっちゃいます。
デジタルアーカイブの見積について、いくつか打診が数件あるのですが、どう考えていったらよいのか、ちょっと煮詰まってます。

従来型のデジタルアーカイブであれば、何らかの成果物(パッケージ型ならCD-ROM,DVD-ROM。ネットならウェブサイト、あるいは冊子などの印刷物)等を作って納めれば事足りていたのですが、僕たちは過去の経験からいって

《それらのデジタルアーカイブは作りっぱなしで活用もなにもされない》

ということを知っています。2000年前後のデジタルアーカイブのブームの時に作られた多くのデータは、今ほとんど目にすることができないのも、そんな作り方だったからです。

そこで、「持続的成長可能なデジタルアーカイブ」と「それを成長させ続けるための仕組み」まで考えなければ、また同じことの繰り返しです。具体的に言えば

《作成時の担当者がいなくなっても成長し続けるデジタルアーカイブの構築》

です。
これを考えているうちに、ハマってしまった...すごく難しいし、個人はもちろん一般の企業ですら難しいかもしれない。...だから僕らは非営利団体としてデジ研を作ったと言ってもいいほど...なのですが、ボランティア活動は一所懸命なのですが、こと事業化に対してはあまり積極的に取り組んできませんでした(受託事業として資料整理はありましたが、デジタルアーカイブには至ってません)。

僕自身の苦い想い出からすれば、「そういえばあの時、一所懸命考えてあれこれ作ったような記憶はあるけど、その後どうなったんだろうね。作った当時の担当者がいなくなると、いつのまにかネットで検索しても Not Found しか出て来ないし...」なんて仕事をこれ以上増やしたいとは思っていないのです。
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by maruyama_takahiro | 2008-12-12 10:18 | DigitalArchives | Comments(0)

筑紫哲也コンテンツ

先日ガンで亡くなられた筑紫哲也氏の追悼番組をTBSで放送している。

 ・筑紫哲也氏追悼番組 ガンとの闘い500日 TBS

が、残念ながら公式ページは存在していない(なのでリンクなし)。
「ニュース23」、コラムである「多事総論」や連載、特集的なコンテンツが山ほどある。
ニュース番組そのものは、時間軸に関する消耗品のようなものだのだが、筑紫さんが語りかける言葉は、同時代の私たちだけではなく、これから大人になる子どもたちにも伝えたい...と、思う。

だとしたら、TBSが取り組むべきことは、この「筑紫哲也コンテンツ」をいかに残し、いかに放送後でも共有できる番組とできるか。テレビというメディアが果たすべき役割は、放送電波を出すことだけではない。放送終了後の番組を、どれだけ大切にできるか。ではないだろうか。
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by maruyama_takahiro | 2008-11-11 20:53 | DigitalArchives | Comments(0)

ファミリー・アーカイブス

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デジタル・アーカイブといえば、いきおい「学術・文化」的な対象をイメージしてしまいがちなのだが、もっと身近なところにデジタル・アーカイブスの対象は存在している...というのが、僕の考えだ。

 ・パーソナル・アーカイブ(個人の)
 ・ファミリー・アーカイブ(家族、一族、○○家の)
 ・カンパニー・アーカイブ(会社、所属団体の)
 ・コミュニティ・アーカイブ(地域社会、公民館や自治会の)
 ・都道府県市町村アーカイブ

などなど。
例えばこの画像は、ボーンデジタル(最初っからデジタルで撮影されたデジタルデータ)な写真を対象としてみたものです。MacのiPhotoですべてを保管し、Appleのクラウドコンピューティングサービスである「MobileMe」上と、iPhone 3G上に保存している。iPhoneで3,000枚にのぼる写真を持ちあることができるといのは、ちょっとした新しい視点だと思う。
今回は、ボーンデジタルであるが、フィルムや紙焼きの写真を対象とすることだってできる。

こうした多種多様なデジタルアーカイブづくりを、なんとか事業化できないものだろうか...などと考えていたりする。

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by maruyama_takahiro | 2008-10-31 23:15 | DigitalArchives | Comments(2)

Flickr: Group機能を使って

FlickrのGroup機能を使って、「ポール・ラッシュ祭」のアーカイブを作ろうと考えています。僕がデジタルカメラで撮影した写真(いわゆるボーン・デジタルな画像)でスタートしますが、この機能をつかえば、いろいろな人が撮影した写真が集うことができます。
ご関心がありましたら、ぜひご参加ください。

Flickr Group
 ・The Paul Rusch Festival 2000(パノラマ写真の素材が多いです)
 ・The Paul Rusch Festival 2001
 ・The Paul Rusch Festival 2002
 ・The Paul Rusch Festival 2003
 ・The Paul Rusch Festival 2004 (僕の写真はありません)
 ・The Paul Rusch Festival 2005 (僕の写真はありません)
 ・The Paul Rusch Festival 2006
 ・The Paul Rusch Festival 2007
 ・The Paul Rusch Festival 2008

こんな風に、記録を残す方法もあるのかなぁ...と、思っています。
ポール・ラッシュ祭は特に海外の方も参加されているので、英語タイトルにしました。米国、フィリピン、タンザニアなどなどの方が、ふと検索してみると、この画像がでてくる...そんな風になるといいですね。
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by maruyama_takahiro | 2008-10-23 08:46 | DigitalArchives | Comments(2)

「災害アーカイブス展 避難所の記録と記憶」

新潟県 長岡市立中央図書館にて開催されます。

 ・「災害アーカイブス展 避難所の記録と記憶」

 日時:10月19日(日)~11月9日(日)午前10時~午後6時
    10月31日(金)は午後5時まで。
    休館日は10月20日(月)・27日(月)・11月4日(日)
 会場:長岡市立中央図書館2階ホール
 展示解説:10月19日(日)午前10時から、11月2日(日)午前10時から
      各30分程度。文書資料室職員が解説します。ご期待ください。

チラシ(PDF)

こういう記録を、組織だって収集保存していくことが必要だと考えています。天災は忘れた頃にやってくるのであれば、忘れず記憶し続けていれば天災は来ない(?)かもしれません。被災者のプライバシーの問題や風評被害が続いてしまうことへの不安など、解決しなければならない課題もありますが、災害の体験の積み重ねが災害に立ち向かう強さになるのであれば、何かできることがあるように思います。
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by maruyama_takahiro | 2008-10-14 11:37 | DigitalArchives | Comments(0)