カテゴリ:情報デザイン( 5 )

STORIEMIX(ストーリミックス)

ちょっと長いので、twitterでもなく、facebookでもなく、ブログにて書いてみたい。

先日、山中湖の友人を介して、すっごく聡明な方と出会った。
まぁ、たまたま僕がその友人に新しいイベントについて相談したい事があってふらっとでかけたのだが、たまたま彼を取材したいという方々がいらっしゃって…まぁ、おじゃまむしを覚悟で居させていただいた。
すごい、今の若者はほんとにすごい。そんなことを感じた夜だった。

さて、本題。

友人とその彼は、アーティストでアートシーンでも活躍していた時期があって、いわゆるDJとかインスタレーションとか、そんな表現をしている話を聞いていた。そんな話題のなかで、ふと「図書館」とか「本」とか「電子書籍」とか…という話になり、何か図書館という場を使ってイベントができないかなぁ…みたいな話題で盛り上がった。で、このイベントプログラムはかなりおもしろくなりそうで、もう少し現実味を帯びてきたら、山中湖情報創造館という場をつかって実現したいなぁ…と思っているので、そのネタはまた後日あらためて。

今回書きたかったのは、題名にもある「STORIEMIX(ストーリミックス)」という言葉を思いついたから。

音楽シーンには、表現方法のひとつに、RIMIX(リミックス)というものがある。
すでに出来上がった音楽を、ミキシングし直し(つまり混ぜ合わせて)、新しい音楽を作り出す手法だ。まぁ書籍の世界ではそんなことを言い出せば、やれ著作権だ、やれ同一性保持だ…みたいな話が出てくるのだろうが、まぁひとつここは脳内企画演習とおもってください。

最初は、ブックリストあるいはカーリルのレシピみたいな感じで、「本を組み合わせて何かを表現できないか」というところからスタート。でもそれは実にたいへんで、それぞれの本を読破しなければならない。そういう読書課題もよいのだろうが、ここはもうちょっと楽しみでいきたい。

そこでふと、音楽のRIMIXに加え、オムニバス映画の手法を思いついた。
オムニバス映画は、複数のストーリーが断片的に繋ぎ合わされて一本の映画になっている。
例えば、
 ストーリA、ストーリーB、ストーリーCがあったとして、映画的な編集では

 A1-B1-C1-A2-B2-C2-A3-B3-C3-AB4(ABの物語が合流)-C4 -ABC5(ABCの物語が合流)

みたいな感じ。これを「本」でできないだろうか。あるいは「物語」でできないだろうか。と、そんなことを考えている。

ほんとに例えばだが、「雪国」のとある章の次に、「蜘蛛の糸」のとある章をつなげ、そのつぎに「夢十話」のとある一節をつなぎあわせ…、その繋ぎ方の中で、新しい価値(おもしろみ)を見つけられないだろうか…と。最初はBOOKRIMIX(ブックリミックス)と考えたんだけど、実はもっと「物語」に注目して、STORY + RIMIX =STORIEMIX (ストーリミックス)という考え方になってきたわけです。

さすがにこれを印刷書籍で実現するには、とっても難しい。自炊じゃないが本そのものを解体し、再構築しなければならない。
そこで「電子書籍」の出番。電子化された書籍…というよりも、電子化された物語の、そこかしこを切貼りしながら(RIMIXしながら)、新しい感性…そこから感じとって欲しい表現を作り出す。
むしろ、〈それができなきゃ電子書籍とは言えないね!〉みたいなことまで言っちゃったりして。

…と、ここまで書いていて…実は…

松岡正剛氏の「千夜千冊」って、そういう構造になってないかい? という思いも出てきたし、引用ということで考えれば、そもそも学術論文の書き方って、他人の論文を使いながら自分の論考を表現する…ということは、これもひとつのRIMIX(?)なんて再定義することもできちゃうのかなぁ? そう考えると、いわゆる学術論文って「Knownledge RIMIX」って言えないかなぁ?

なんてね。

そういうわけで、ここではひとまず、こんな言葉を世に出してみたい。

電子書籍が本物になるために…
STORIEMIX (ストーリミックス)

そんなコンセプトって、どう?
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by maruyama_takahiro | 2012-05-15 01:03 | 情報デザイン | Comments(2)

日本の人口推移を知るインフォグラフィックス

まずは…こちらのリンク先をごらんくださいませ。

http://www.bowlgraphics.net/tsutagra/03/
a0001068_0514726.png
a0001068_0493749.png

1950年から10年刻みで2050年までの日本における年齢別人口の推移です。
これはいま、僕の思考の基礎になっているインフォグラフィックスなのです。
2050年はそう遠い未来ではなく、僕の娘たちが今の僕の年齢になる時代。僕は生きているか死んでいるか…まぁ、そんなあたり。
日本はこれから急速に[縮小(シュリンク)]していきます。

戦後の団塊の世代が生まれ、大人になるにつれ、学生運動を起こしたり、社会の価値観を変えていったように、これからは[縮小する日本]が、この国の価値観の変化にとても重要な役割を果たすのではないか…と、思っているわけです。

一方で、地球上の人類は70億人を超え、さらに増え続けるでしょうが、残念ながら日本は…日本民族は、このまま減少の一途をたどる運命にありそうです。

僕はいま、公共図書館という場所で働いているのですが、こうした[情報]や[知識]それに基づく[物語]を、きちんと利用者のみなさんに、提供できているのだろうか? …と、本当に不安でしかたがありません。このインフォグラフィックスも、すでに様々なカタチで統計データとして公開され提供されているにも関わらず、この動くグラフを見るまでは、僕自身もこんなに深刻な課題であることを把握できませんでした。

図書館は「聞かれなければ答えない」という受け身の姿勢が基本ではあるのですが…、どうやら、そうも言っていられない時代になってしまったようです。

地球温暖化、自然災害、放射能汚染…それぞれ重要な社会的課題ではありますが、どれか単独で考えるよりも、複合/マルチで考える必要がある。そういう素養を身につけることができる場所として、やはり「図書館」を定義し直さなければならない…と、思い始めているのです。

シュリンキング・ニッポン―縮小する都市の未来戦略

大野 秀敏 / 鹿島出版会


身近なダイアグラム―User‐Friendly Diagrams魅力的で親しみやすいグラフ・地図・チャート・図説・表組を特集

パイインターナショナル


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by maruyama_takahiro | 2012-04-20 00:49 | 情報デザイン | Comments(0)

震災アーカイブスとソーシャル文学

震災アーカイブスとソーシャル文学
〜電子書籍時代の物語叙述の担い手と組織化〜

丸山高弘(NPO法人地域資料デジタル化研究会/山中湖情報創造館)

電子書籍元年が不発といわれるのは、何もガジェットだけが原因ではない。むしろ電子書籍リーダーに罪があるのではなく、むしろその創作物である物語(著作)側に問題があったと考えられるのではないか。ケータイ電話のあの画面性の中で独自の文学スタイルをつくることで、「ケータイ小説」というひとつのジャンルを誕生させたことと比較すれば、ケータイ画面以上の表現力を持ち得ながら、表現スタイルを生み出す事ができなかった電子書籍(コンテンツ)側に、やはり問題があったのではないだろうか?
著者は、昨今の特徴的な物語スタイルを、電子書籍時代に向けてさらに推進させ、それがひとつのスタイルを生み出すことを期待している。しかもそれは、東日本大震災後に一種のブームにもなってきたデジタルアーカイブスなどに象徴するような「記憶の記述と組織化」にも触手を伸ばし得る。


物語記述の潮流
 「機動戦士ガンダム」をご存知だろうか?詳しい方であれば、それは「ファーストガンダム」のこと?それともUC?あるいはAGE?等々、いろいろなタイトルを出しながら確認してくるかもしれない。そうまさに「オタク」と嘲笑させるように、非常に詳しいのだ。そのひとつひとつの物語に、そしてその『世界観』に。
 「機動戦士ガンダム」は、人が乗り込む操縦型のロボットが戦争の道具として使われ、その操縦者である主人公たちの、いわは青春ドラマのようなものだ。「ファーストガンダム」「Z(ゼータ)」「ZZ(ダブルゼータ)」等々、メインストリームだけでもすでに__種類、さらにその世界観をベースにした、スピンオフあるいはサイドストーリーとよばれるものが、数多く存在している。しかもそれらが、著者や著者グループ(権利団体)だけでなく、ファンによっても生み出されている。いわゆる参加型ともいえる物語叙述世界になっているのだ。
 これはガンダムシリーズだけではない。これまでにもひとりの著者が書き表した物語においても、ひとつの物語の脇役を別の物語の主人公にしたストーリーを描くことは多々ある。夢枕獏の『キマイラ・吼(こう)』シリーズと『闇狩り師』シリーズや鎌池和馬の『とある魔術の禁書目録(インデックス)』と『とある科学の超電磁砲(レールガン)』などのように同じ世界観の物語を、登場人物を交差させながら別の物語を展開させていたりする。
 この『世界観』そのものは、現行の著作権法では著作物とは扱われないが、出版社や著者ユニットのようなスタイルで、この『世界観』と派生する物語を売り物にしていく。当然ながら、小説だけではなく、アニメ化、コミック化、キャラクター商品などの展開も視野に入れながら。
 すでに、そんな物語記述の潮流が生まれていると、著者は思うのです。


戦争文学と震災文学
 ガンダムシリーズが戦争物語であったことが何よりも象徴的なことなのだが、現実においても戦争文学は、ひとつの世界観を共有した物語記述のスタイルになるのではないか。ふと、そんなことを考えるに至っている。
 便宜上、地球儀(世界地図)を平面にとり、時間軸を高さ方向にとることで『歴史の立体』をイメージすることができる。様々な戦争文学は、その『歴史の立体』の中に紛れ込んだロープのように、場所と時間をくねくねと進みながら戦時下の物語を紡いでいる。ビジュアルをイメージしてほしい。日本各地から若者たちが招集された姿は、まるで紐が撚れていく姿のようであり、その紐が呉の港を出て坊ノ岬でぷっつりと途切れるまでが、戦艦大和の物語であったりする。
 このように、「戦争」というひとつの世界観の中で、様々な物語が生まれている。それらを、場所と時間の立方体に位置づけることで、様々な世界観を多面的に知ることができるのである。ある物語は[人物]を中心にしているかもしれない、その人物は、別の人物とかかわり合い、様々な事件や出来事の中で物語が生まれていく。この世界観の中の物語記述には、図書館情報学的な十進分類や件名づけなどの組織化では、表現しきれないのだ。
 そして、この3月の大震災を経験して、これが「戦争文学」だけではなく「大規模大害時」においても、同様に様々な物語が生まれていることを、あらためて認識している。戦争文学と比類する大規模災害文学という存在がある。ある物語は小説になり、またある物語は絵本になり、口述だけのもの、文字ではなくコミックのカタチになったもの…それは、もう実に様々だ。しかし、あの震災を、様々な場所で、いろいろなシチュエーションの中で、それぞれの人々が体験し、物語を紡いだのであれば、それはとても大きな存在ではないだろうか。


震災アーカイブの組織化
 著者は所属しているNPO法人の活動の中で、すでに十年ほどデジタルアーカイブに取り組んでいるが、東日本大震災の前と後とでは、この『デジタルアーカイブ』に対する社会の関心がこれほどまでに変化するものになるとは、予想すらしなかった。
 津波被災後にガレキ(という表現は好ましく無いのだが)にまぎれた、家族のアルバム。そこに写っている幸せな日々の思い出。自衛隊のガレキ撤去の際にも、細心の注意を払いできるかぎり回収し、持ち主に戻すように努力することが義務づけられた。それだけ、記憶の記録は大切なものであることを改めて認識させられた。これらが震災前にデジタル化され、クラウド上に保存されていたなら…と、思うことは少なく無い。
 そしてさらに、インターネット企業の呼びかけにより、被災地の姿の記録や、被災する前の想い出の風景などの記録を、参加型で構築するデジタルアーカイブの取り組みがいくつも生まれている。

 そこでとても重要なことは、誰かが分類整理するわけではない。ということだ。

 図書館の司書(ライブラリアン)のような存在がいて、投稿された写真を整理分類するわけではない。むしろ投稿者自身が、タイトルや撮影地、撮影日時、キーワードやタグといった情報を付加することによって、分類されている…デジタル技術といわゆる「フォークソノミー」によって、整理せずに整理する方法が取られている。
 これは震災アーカイブスだけではなく、震災文学においても同様の手法を取る事ができる。そうなのだ。戦争文学や震災文学においては、従来の分類方法による資料組織化だけでなく、フォークソノミーや相互関連づけなどによる資料組織化=物語と物語の有機的なつながりを生み出すプラットフォームの存在が不可欠になっていると考える。


ソーシャル文学(Social Literature)の萌芽
 そして、ひとつのスタイルとして、戦争文学や災害文学などのように、ひとつの大きな出来事の中に、それぞれの著者が自分の物語をつむぎ、歴史の立体の中に位置づけていくような、いわば「ソーシャル文学」が誕生すると考えている。
 戦争や災害などは現実におきた悲しみの記述が多いだろうが、これからの出版社や著者ユニットは、そうした『世界観』を売り物にするソーシャル文学出版を目指してはいかがだろうか? 世界観をつくるメインライターは不可欠だろうが、企画会議/編集会議的に「世界観会議」があってもよいだろうし、その世界観をもとに複数の作家が違う登場人物による物語を描き、ある場面でそれぞれの登場人物が集まって潮流が生まれる。
 また、その世界観に参加する作家を募集してもよいだろうし、コミックマーケットやPIXIVのようにアマチュアがその世界観を使って、創造の翼を大いに広げてもよいだろう。もちろん、その中には「権利ビジネス」を組み込むことを忘れない企業が大きくなっていくことは言うまでもない。

 そしてこの、「ソーシャル文学」の存在と電子書籍のコンテンツスタイルと親和性が高いのではないか。一つの物語を読みつつ、すぐ脇を進行中の別の物語に寄り道したり、主観になっている登場人物が別々の物語を行き来しながら、新しい物語を誕生させたり。

 電子書籍は、作り手だけが著述する世界ではなく、むしろ読み手側もストーリーテリングそのものに積極的に参加できる。賢い出版社は「君自身を実名でこの世界の物語に登場させてみないか」と呼びかけてくるかもしれない。ミヒャエル・エンデの「ネバー・エンディングストーリー」のように、物語の中から読者を物語世界に呼び込むことが、電子書籍の時代に本当に生まれると確信している。

 あとは、どこの出版社/編集社/著者ユニットが、それを始めるか…だ。
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by maruyama_takahiro | 2011-08-26 02:09 | 情報デザイン | Comments(0)

震災被災県の写真集

国立国会図書館は、東日本大震災被災県の写真集リストを作成した。

 ・国立国会図書館、「東日本大震災被災県の写真集リスト」を公開(カレントアウェアネス)

 ・東日本大震災被災県の写真集リスト(リサーチ・ナビ)

ここにリストアップされた写真集は、被災する前の地域の風景や祭事などを記録した、いわば[郷土写真集]である。震災により二度とこの目で見る事ができないかつての町並み。せめて記録されている写真で思い出す手がかりとなる記録。こうした写真集リストがまとめられることに、敬意を表する。


…しかし…である。
この先、本当に必要なのは[写真集]のリストではない。
それぞれの写真集に掲載されている1点1点の写真が検索可能でなければならない。そしてさらに、それぞれの写真を、なんらかのキュレーションによってオーサリングできる環境も必要ではないだろうか。

それはあたかも、iTunes でCDから取り込んり、ダウンロードした楽曲からプレイリストを作る様なもの。

 [写真集 ]ー[写真]ー[キュレーティング・リスト]
 [アルバム]ー[楽曲]ー[プレイリスト]

まだまだ、『図書館』でいるうちは、検索対象は「図書」にならざるを得ないのかもしれないが、そう遠く無い将来を見越して、写真集ならば掲載されている一点一点の写真を、同様に画集やデザイン集などは、それぞれの作品毎の情報を扱える…そんなシステムが必要ではないだろうか。
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by maruyama_takahiro | 2011-05-21 01:10 | 情報デザイン | Comments(0)

情報の本質 マルヤマ式FBBモデルの提言

「情報」という単語は、そもそも軍隊用語である。諜報とほぼ同じ意味であり、敵の情況/状況を知りそれを意思決定者に過不足無く届けくるもの。敵における「情状の報知」これが略されて「情報」となった…という説を私は取りたい。一部には、森鴎外による訳語/造語であるとの考え方もあるが、実際には森鴎外よりも先に「情報」という言葉が使われている文献もある。

阪神・淡路大震災においても「情報ボランティア」による活動がポイントであったが、今回の東日本大震災においてもやはり「情報」が生死を分け、「情報」が生き残った被災者の方々の暮らしぶりを左右している。
僕自身は現場に行くこともなくのうのうと日々を暮らしてはいるが、「情報」に関してはそれなりのプロ/エキスパートとしての気持ちもあるので、被災地における情報システムの構築に、少しでも役に立てることができれば…と、このブログを書いている。

まず、発災時においては、災害対策本部も避難所も、ボランティアセンターも「情報担当者」を置くことを提案したい。それどころの状況ではないことは充分承知はしているものの、戦時(有事)においても災害発生時においても、「情報の専門家」をそこに置くか置かないかで、後々の展開は大きく変わる。そのことはぜひご理解いただきたい。
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この図は、日常においても災害時においても、基本となる情報のモデルである。
どこまでシンプルにできるか…とおもって書いたものだが、行き着いたところは…

 FBBモデル
 Front-Base-Board モデル

である。これをいち早く構築するかどうかで、その後の展開が大きく変わってくるし、まだ構築できていないところは、ぜひこのモデルの採用を検討して欲しい。

Base:まずは、中央のBaseを立ち上げることだ。
これは「情報担当責任者」を一名選出し、災対本部や避難所で[情報の拠点]を作ってしまうことだ。電気や電話、インターネットが遮断されていれば、紙と鉛筆、模造紙とマーカーだけでもいい。まずは「その場所」における「情報拠点」を作る。

Board:次はBaseが収集した情報を「その場所」にいる、意思決定者や避難者等で情報共有が出来る板(ボード)を作ることである。そこには様々な情報が掲示され、時々刻々と貼り変えられ情報が更新されていく。ここで最も重要なことは、「その場所」における意思決定者(指揮官/司令官/Commander)、意思決定者グループが情報を共有できるボードを作ることだ。これにより現場リーダーは、次に何を行ない、誰に何を指示するかを判断できる。正確な情報が正確な判断を導くことはあっても、間違った情報が正しい判断を導くことはない。
ちなみに…非営利団体などにおける理事会をBoard Memberと呼ぶのだが、意志決定の為のボード(板)を見ながら意見を言い合い意思決定をする…そんな場面から、そう呼ぶようになったのではないだろうか…と、思いをめぐらせてみたりもしている。

Front: BaseやBoardが構築できたら、外に出て様々な情報を収集する[最前線チーム]が必要となる。もちろん危険なことは避け、安全を確保しながらの情報収集が必要だ。行く先々であるときは御用聞きになったり、あるときは避難所の場所を説明したり、そんな「最前線 Frontチーム」。彼ら彼女らには、何らかの移動手段が必要であり、バイクやオートバイ、時にはレジャー用のATVなども災害時には有効な乗り物であると考えている。移動手段、通信手段(アマチュア無線や携帯電話)、カメラ、筆記具、ボイスレコーダ…等々を装備として備えて被災地における状況を把握する。

この3つの、Front(前線)、Base(基地)、Board(情報共有の掲示板) と、この3つのモデルを早期に立ち上げることができれば、そこではより正しい意思決定を行動が取れる。


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上記の図は構造をシンプルにするために描いたものだが、実際には複数のFront(前線あるいは情報源)からの得られる[情状の報知=情報]を、Base(基地局)がそれぞれの方法で受け取る。放送メディアからならば、テレビやラジオなどが情報通信の道具として必要となり、行政などからの情報は防災無線やインターネットなどが必要だろう、さらには現場からの報告にはアマチュア無線機などの通信手段が必要である。
しかしながら…最低限のモデルを考え、 Frontからは口述による伝言/伝令、Baseでは紙と鉛筆で情報化し、Boardはそのへんの壁でもいい。ICTというとパソコンやインターネットなどをイメージしがちがだ、ICTとはInformation Communication Technology=情報通信技術なのだ。これには狼煙(のろし)だって、伝書鳩だって、手旗信号だってモールス信号だって含まれる。Baseにおける情報通信担当者はひとつの通信手段に捕われることなく、ありとあらゆる手段を使って、情報の受信/送信の道を確保することを考えておかなければならない。アレが無いから出来ない、コレがないと役に立てない…などということはないのだ。


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ではその肝心なBase(基地局)となる情報担当責任者は、どのような作業を担うのだろうか。これがその図である。Front(現場)からの情報をいかに収集し、それらを整理して意思決定者に提供する。さらに保存や情報発信の役目も担うことになる。そう。それはまるで「図書館員」や「ライブラリアン」が日々行なっている業務(サービス)に酷似しているのだ。図書館員は日々何万冊、何十万冊という図書を管理し、しかも求める人にすばやく資料探して提供する…いわゆる大量の情報と求める人にマッチングさせるプロフェッショナルなのだ。
今回の被災地において気になったのは、そうしたスキルを持った図書館員(公務員)は、避難所にかり出されながらも、そうした情報担当責任者になることはなく、ただの人足として使われていると聞く。それゆえなのか、救援物資やボランティアの人員があふれているところは断るくらいあふれているのに、不足しているところは一ヶ月を経過した今現在でも充分に行き渡っていない。これはすべて《マッチングのミス=ミスマッチング》によって引き起こされている人災である。図書館員のような情報のプロフェッショナルを、情報担当責任者に据えることで、ミスマッチを減らし、過不足なく求める物資や人手を求める場所に送るための情報提供ができる。

ひとまず、できるだけシンプルなカタチで基本形態を書いてみた。
FBBモデル。Front-Base-Board。この3つを災対本部や避難所、ボランティアセンターで取り入れてみては、いかがだろうか。
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by maruyama_takahiro | 2011-04-19 03:21 | 情報デザイン | Comments(0)