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無事です。書架…散乱してますが…。

15日(火) 22:31ごろ、静岡県東部を震源地とした地震により、山中湖は震度5強を観測しました。
自宅でくつろいでいたのですが、一人では心細く…山中湖情報創造館に移動。
11日の地震よりも揺れている時間はみじかかったものの、加速度的には強かったので…書架から本が飛び出し床に散乱…まさか自分の館でこれを経験するとは…。

明日は朝から大規模な書架整理。
とりいそぎ、無事です。
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by maruyama_takahiro | 2011-03-16 01:30 | 山中湖情報創造館 | Comments(3)

公共図書館における「自炊」支援

twitterの140字では足りず、facebookでは今だ限られた人にしか伝わらないので、ブログに書きます(twitterやfacebookをはじめてからというもの、ブログに書くことがめっきり少なくなりました…)。

さて
 紙に印刷・製本された図書を、断裁機等をもちいてバラし、全ページをスキャンし電子画像やPDF化する作業を「自炊」と称するそうです。昨年あたりから登場したiPadやAndroid端末などのスレート型(板型)PCにより、まるで本のページをめくるような操作感覚で「本を読む」ことができる、そんな機会が私たちの前に登場しました。
 所有している本を本人に代わって電子化するサービスや、あくまでも使用者によるデジタル化にこだわるサービス、さらには大手レンタルビデオショップによる自炊サービスの開始…等、いろいろな場面で「個人が所有する本のデジタル化(一部違うところもあるけど)」がちょっとした話題になっている。このような所有している本のデジタル化を地域の公共図書館が機材やノウハウを提供することで、少しでも地域の文化活動の支援になれば…と、考え始めた。
 わたしは、まずは「自炊体験講座」を数回開催し、その後に来館者に機材やノウハウを提供する自炊しえんサービスを提供したいと準備中だ。
 期待する声がある反面、若干の誤解や著作権法などの解釈も含めて、ここにまとめてみたい。


【サービス内容】
 1.個人が所有している本を、私的利用するための電子化作業支援である。
 2.来館する個人に、1)断裁機、2)イメージスキャナ、3)ソフトウェアをインストールしたPCを提供する。
 3.上記の物品の提供は、図書館資料ではないため[有料]による提供も検討。
 4.デジタル化作業は、所有者(利用者)自らが行なう。

【提供する機材】
 ・断裁機:断裁位置の確認ができ、大きな力をかけずに本のような重なった紙を断裁できる機器
 ・スキャナ:短時間で両面をデジタル化できるドキュメントスキャナ
 ・PC: 上記のスキャナを操作するソフトウェアがインストールしてあるPC
 ・自炊マニュアル:手順を記するだけでなく、著作権に対する理解を深め、自炊した電子書籍を正しく扱うための知識を提供する。

【背景】
 地域の公共図書館が、いわゆる「自炊支援サービス」を提供するには、2つの理由が存在する。
 
 理由その1: 所有している図書の処分に困っている人たちが実に多い。公共図書館の仕事をしていると必ず地域の方からの「寄贈」の申し出が少なからずある。一般的に考えれば年々削減される資料費に対して図書の充実に貢献しようという、まことにありがたいお申し出ではあるのですが、図書館の内情を考えると、そうそうどれもこれも受け取る事ができません。お断りする場合も実に多いのです。それらの本は運がよければブックオフなどの古書取扱店にて引き取ってもらえるかもしれませんが、それでも値段がつかず処分される本も少なくありません。また、引越時における廃棄処分、あるときは持ち主の他界により遺族が泣く泣く廃棄する…とったものも、少なくはないのです。
 そうした図書たちを、せめてコンテンツとして手元に置く事ができるデジタル化は、文化発展に寄与することを考えても、実に切実な要望に対するひとつの回答(ソリューション)になるのではないか、そう考えるに至っています。廃棄すればその内容は、その所有者の手元には残りませんが、デジタル化することで、何が書かれていたのか/描かれていたのか…せめて、それだけでも残すことができるのです。

 理由その2: 民間の自炊サービスでは、著作権について学習することは無いのではないでしょうか。まぁ、個人がやるぶんには合法とか、サービスとして成立しているんだからたぶん合法なんじゃないの…。程度の認識の方が多い様に思います。だからこそ、「自炊をしたい」という著作権を意識するには絶好のチャンスを地域の公共図書館としては、「著作権に関心を持ち、著作物に関する権利の保護と文化発展のための利用とのバランス」について、できるかぎりわかりやすく著作権法を伝えることができる。そのように考えているのです。
 もちろん、図書館資料に対する資料複写も、著作権に関心を持つ機会でもあります。地域の公共図書館で、自分が所有している本をデジタル化することで、著作権に対する考えを深めてもらいたい。そのような願いも、この「自炊支援サービス」には含まれているのです。


著作権法第30条、第31条は、図書館が利用者のみなさまに正しい理解をしていただかなければ、図書館としての利用そのものに大きな影響を与えます(著作権法の解釈による利用の萎縮は図書館の本意ではないと考えています)。


ちなみに…著作権法第30条の1に「公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器(複製の機能を有し、これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器をいう。)を用いて複製する場合」は、私的使用のための複製において次に掲げる場合を除く…ひとつの条件でもあるのですが、これには著作権法 附則に

(自動複製機器についての経過措置)
第五条の二  著作権法第三十条第一項第一号及び第百十九条第二項第二号の規定の適用については、当分の間、これらの規定に規定する自動複製機器には、専ら文書又は図画の複製に供するものを含まないものとする。

とあることから、著作権法第30条の1で公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器には、文書又は図画の複製に供するものは含まれない。すなわち、本を断裁してスキャンする機器は「当分の間」ではあるものの、そもそもこの法律上は自動複製機の対象外にある。

以上のように、公共図書館における所有図書のデジタル化を支援するサービスの提供は、合法的であり且つ利用者さんが著作権に関心を持ち学ぶための絶好の機会でもあり、著作権の理解のための情報/資料提供も図書館の大きな役割であると、考えるに至っているのである。


【追補】
 昨今、出版業の低迷が言われるなか、地域の公共図書館が自炊などを支援すると、さらに本が売れなくなる…という意見も必ずあるかと思う。すでに、はてブの書き込みをみていて追補ではあるが、そのことに対して、わたしはこう考えている。

 ・消費者の本棚を空ける:本を買わなくなった理由のひとつとして考えられるのは、一番本を買う人たちの収蔵力が限界にある。平たく言えば、家の中が本で一杯になっている。所有している本を電子化することを推進することで、場所を取る本を捨てることができ、空間的に[空き]を生むことで、そこに「本の消費スペース」を物理的につくる。

 ・コレクションとしての電子化:好きな作家に対しては、その作品だけでなく、雑誌のインタビューや原作とした映画やドラマ、そのサウンドトラック、新聞記事…などなど、あらゆるものをコレクションしたくなる。こまめな人であればスクラップブックをつくるなどすることもあろうが、これを電子スクラップブック/デジタルスクラップブックとして、自分のパソコンにすべて入れることができたら…。これは作家へのファン度を増し、好きな作家はトコトン好き。ということにも繋がるのではないか。ファンとしては徹底的にファンでありたい。その気持ちを電子化で実現する。

 断捨離がちょっとしたブームであるが、捨てる前にせめて「写真だけ」でも取っておきたい…として、デジカメで撮影することが少なくない。身の回りのモノを一度捨てることで、新しい需要を喚起することもある。たぶんそれは必ず新しい需要を生む。

 公共図書館が「自炊支援」をすることで、家の中から本を減らすことができ、また新たな需要を生むことに繋がるのではないだろうか、と考えるのです。



FUJITSU ScanSnap S1500M FI-S1500M

富士通


断裁機 裁断幅A4 PK-513L 26-106

プラス


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by maruyama_takahiro | 2011-03-09 00:09 | これからの図書館 | Comments(0)

ときにはこんな図書も。

図書館における選書は、ある意味で「司書」の聖域であったりする。
指定管理者による公立図書館でも、人件費の高い公務員さんが残っていて「選書」だけは民間に渡すまいとする。まぁ、それもその自治体の方針だから一概に悪いとはいわないけどね。
僕のつとめている職場では、選書は指定管理者職員が行なっているし、年に二回は地元村民のみなさんと、「選書ツアー」を実施し、夏休みに入ったところで中学生たちと行く「ジュニア選書ツアー」、秋には一般の方々と出掛ける「選書ツアー」を行い、それぞれ500冊以上の図書を選定してくる。
もちろん、選定リストから重複をチェックしたり、公序良俗に反するものなど一定のルールで絞り込むので、村民が選んだすべてを購入するわけではないが、それでも蔵書5万点ほどの図書館が他の図書館とは若干違う図書があったりする。

それでも…つぎのような本はなかなか選定されないのだけれど、やはり必要なんじゃないかなぁ…と、最近思うわけです。

女医が教える 本当に気持ちのいいセックス

宋 美玄 / ブックマン社

カーリル調査: 東京都49館、山梨県 0館。


反戦ストリッパー白血病に死す―沢口友美伝

正狩 炎 / グラフ社

カーリル調査: 東京都22館、山梨県 0館。


恋とセックスで幸せになる秘密

二村 ヒトシ / イースト・プレス

こちらは明日発売なので、都内・山梨県ともに0館


公序良俗に反する内容ではない、むしろとても真面目な内容である。
ちょいと勇気をだして、選定リストに入れてみようかと考えている。
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by maruyama_takahiro | 2011-02-25 02:01 | これからの図書館 | Comments(0)

物語の力(「私」という物語)

今日は「物語の力」をデジタルやネットワークとは違う視点で。

「私」という物語
 人は誰でもどんな人でも、一生にひとつの物語を紡ぐ事ができる。それは「私」という物語だ。どこかの小説家が、文書教室風な場で語る事らしいが、ぼくもそうだと思う。この世に生をうけて、あの世にいくまでの、ほんの数十年間の間。これは「命が紡ぎ出す物語」なんだ。そう僕は考えています。そしてまさに、丸山高弘物語の50年目に突入するいま、この先どこで物語が終わるのか…いやいや、まだまだこれからがクライマックスだぜ!と激動の物語を生きるのか…どちらにしても、人生=物語説は、真実だと考えている。

三つ子の魂百まで
 そんな諺(ことわざ)がある。双子や三つ子ちゃんの話ではない(あたりまえだと思うだろうけど、僕自身けっこう大人になるまでほんとうに三つ子ちゃんのことだと思っていた。代表格はトン吉、チン平、カン太、おやつあげないわよ!)。
 この三つ子は、三歳児のことを指す。三歳あたりで培った感覚、経験、記憶…それは意識する/しないに関わらず百歳まで影響するのだ…ということを経験知として諺化したもの。これはこれでたぶんある程度は正しいのだと思う。この言葉を別のアプローチからは「人は三歳くらいに、自分の人生のシナリオをほぼつくってしかう」とか「三歳くらいに、自分という物語の主人公のキャラクタ設定を作ってしまう」という意見もあるようだ。
 そう。いわゆる物心つくときに、この先の人生を生きるために「私という主人公の性格設定」は不可欠。親との関係においても、兄弟姉妹や、親戚や、保育園/幼稚園などの集団生活などにおいても、まずは「自分というキャラクター」を形づくっておくことは、生きる知恵として充分に考えられる。たぶん、この諺に込められた想いは、そんな意味なのかもしれない。

三つ子でつくるキャラクター
 三歳児が突然自分と言うキャラクター設定が出来る訳ではない。当然ながら、その「モデル」の存在が欠かせないのだが…三歳児までが出会うモデルとなるキャラクターは、当然ながら「親」であり、「兄弟姉妹」である。この限られたモデルの中から取捨選択しながら、自分というキャラクターを設定しなければならないのは、いささか不自由である。さすがに三歳児はそのことを充分に心得ているようで、このあたりから自主的に「お話し読んでー」が始まる。もちろんはやい子は片言が話せるようになると言い始める。自分の言葉が発せないうちからも、実はこの[キャラクター設定モデル要求]は始まっていたりする。という理由のもとで、僕はブックスタートを始めとした乳幼児からの親による読み聞かせは、その子自身の「キャラクター設定モデルづくり」に欠かせない栄養素だと考えている。選択肢が多いほど、組み合わせる性格が多いほど、自分自身のキャラクターづくりにはバリエーションが増える。またこの時期のテレビ番組のヒーロー/ヒロインからの影響も実は少なくない。幼児期に熱中したヒーロー/ヒロインによる[正義感のタネ]は、三つ子の魂を作る上でも必要な栄養素のひとつなのではないか…と、考えている。

三つ子までのキャラクター設定
 正直なところ三歳児までに…と限定する根拠はないのだが、親が子どもにできることとして

1.お腹の中にいるときから話しかける/物語を聞かせる。
2.生まれてからもできるだけいろいろな物語を聞かせてあげる。
3.言葉とか知恵とかよりも、お話しのバリエーション(バランスのよい栄養)を与えてあげる
4.子どもは、親が自分のために時間を割いてくれることがまず嬉しいものだと思って接する
5.子ども自身が持ち始めるヒーロー/ヒロイン像を大切にする。

まぁ、そんなことをしているうちに、三歳児ながらも「僕は正義の味方」とか「私は小さい子にやさしくするお姉さん」とか、そんなキャラクター設定をし、それは恐ろしい事に百歳まで影響したりする。
だからこそ、身近な大人(親の場合が多いが親に限定する訳ではない)が、子どもたちに古今東西、多種多様な物語を読んで聞かせてあげることは、とっても大切なことなのだと、僕は考えている。

キャラクター設定が本人の意思だけではないという問題点
 このキャラクター設定には、本人の意思が最優先されることではあるのだけれど、実はこんなものが影響したりする。
 1)親との関係性、親からの期待に応えるキャラクターづくり
 2)兄/姉との関係性、弟・妹としての役割づくり
 3)弟/妹との関係性、兄・姉としての役割づくり
 4)近所の子どもたち集団、自然に生まれる上下関係の中での役割づくり
 5)親戚/親類/縁者との関係の中でのキャラクターづくり
 人間はどんなに小さな子どもでも社会性の中で生きていることには変わりないので、どうしてもその関係性の中で、自分が望むと望まざるとに関わらず何らかの役割を演じるキャラクターを作ってしまう。そして一度できてしまった関係性の中でのキャラクター設定は、本当に恐ろしいくらいに…たぶん諺通り百歳まで変わらないのだ。(ほんとに、実に恐ろしい事です)

このキャラクター設定は物語なのだ
 さて、ことわざをそのまま受け取れば、三歳児につくった自分というキャラクター設定は百歳まで影響し続ける…となりますが、考えてもみてください。これは自分自身で書くシナリオなんです。当然ながら自分自身で書き直すこともできるのです。そのことにまず気がつくことが大切です。これも「物語の力」といえるでしょう。自分自身の物語は、自分自身で書きながら私の人生を生きている。そう意識できることが何よりも大切。そう意識できれば自分の力で書き換えることも不可能ではないのです。
 ただ…前述のとおり、関係性の中でできてしまった役割づくりは、自分自身ではなかなか書き換えることができません。書き換えが難しいなぁ…と意識するところからはじまりますが、本当に全面的に書き換えが必要だと思ったら…例え、親兄弟親戚であっても、いったん距離を置く事も大切です。
 正直なところ、これを僕は実感しました。どうしても親戚が集まる場所では、その関係性の中での[役割キャラクター]が出て来てしまいます。同級会などでもそう。場合によっては前の会社の上司や部下などと出会ってしまった場合もそう。その時の[関係性の役割キャラ]が出て来てしまうのです。

人生は選択の連続、物語もまた選択の連続
 私という人生は物語である。そして私と言うキャラクターを設定したのも私自身である。そんな中で、様々な状況で、場面場面で決断をし、人生を生きるわけなのだけれど、ここで「物語の力」がとても大切になる。
 これは、図書館という場が『人生のQ&Aに満ちている』と感じてから、なお一層強まって来た。親友の彼氏を好きになっちゃった…。会社存亡の危機。大切な試験に落ちてしまって人生絶望のどん底…などなど、極端な出来事もあれば、ごくごく日常的なこともあるけど、古今東西、老若男女、津々浦々…の物語をくまなく探せば、私が今直面している課題を解決するためのヒントが書かれている物語がある。私のこの状況は人類史上私がまったくの初めて!なんてことは、まず無い。と思うほど、なのである。極論すれば、史実も創作も神話もドキュメンタリーもありとあらゆる物語には、「これからを生きる人のための人生のヒント、人生のQ&Aが書かれている」と僕は確信している。

 正直なところ、今の図書館ではそのための検索方法、検索手段を持ち合わせていはいない。ただ、今後は「文献を探すのが図書館」という枠から離れて、「私が直面している状況に似ている物語を探して、その登場人物たちはどう解決したの、さらにどんな課題に直面したの?」という問いかけに応え相応しい物語を探し出すお手伝いをしていきたいと考えている。

 「物語」は、単純に文学としての芸術鑑賞でもなければ、レクリエーションとしての時間つぶしではない。そこには「人生のQ&A」に満ちあふれた世界があるのだ。

 僕は「物語の真の力」は、そんなところにあるのだと、考えながら図書館の仕事をしていたりする。
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by maruyama_takahiro | 2011-01-08 00:39 | 日々是電網 | Comments(2)

BRUTUS (ブルータス) 2011年 1/15号

BRUTUS (ブルータス) 2011年 1/15号 [雑誌]

マガジンハウス

本。

●作家、社会編集者●哲学者●エコノミスト●アーティスト●比較宗教学者●僧侶●作家、実業家●批評家、編集者●英語研究者●教育学者●精神科医●哲学者、批評家●脳科学者●社会学者●大学准教授●企業家●建築家●社会学者●環境経済学者●写真家●コラムニスト●お笑い芸人●起業家●作家●社会起業家●思想家●アニメーション作家●大学院生●政治家●社会学、都市・建築論研究者●企業経営者●美容研究家●写真家●農業経営者●皮膚科学の研究者●作家●絵本作家、造園家●主夫●漫画家●コラマー●プロフリーダイバー●物理学者●クリエイティブディレクター、コピーライター●現代美術家●ヒーラー&西洋占星術研究科●盛り師●パーソナルトレーナー●俳優●料理人●アートディレクター●ファッションディレクター●フォトグラファー、エディター●TSUTAYA三軒茶屋店/BOOK 1st.新宿店/Berlibn Books
紹介されている方々の肩書き、紹介されている本のある場所(書店)

…「本。」というテーマであるにもかかわらず、文化を語れる図書館員なぞ、存在しないとでも思っているかのような…編集構成。図書館員ならば手に取って確認せよ!
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by maruyama_takahiro | 2010-12-16 00:58 | 日々是電網 | Comments(0)

図書館システム論(まだ考え中)

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図書館全体をひとつのシステムと捉えて、コンピュータのシステムと比較しながら考えてみると、以外とわかりやすくなるんじゃないかなぁ…ということで、こんな絵を書いてみました。

OS:基本ソフトとしての充実はあるのに、応用ソフトがあまりにも足りない…というよりも、未開発のまま今日まで来てしまっているのではないか…と、改めて感じています。ハードウェアもソフトが無ければただのハコモノ。しかも多くの図書館はかなり[素のOS部分]でしかサービスをしていないんじゃないか…と、そんな風にも思えて来たりします。

環境教育の分野では、この応用ソフトである[プログラム開発]にかなり力を注いでいるようです。『ネイチャーゲーム』『プロジェクト・ワイルド』『プロジェクト・ラーニングツリー』などのシステム化された環境教育プログラムもあれば、インタープリターによる様々なプログラムやアクティビティ、ファシリテータによるワークショップなどなど。

これからの図書館、その次の図書館、新しい公共による図書館では、こうした『図書館アプリ』の開発が不可欠だと考えています。

こうして図にしてみると、もうひとつ明確になってくることがあります。それは[人]。ライブラリアンの職域って実はこのOSの部分の仕事がほとんどなのではないでしょうか。それに比べて博物館・美術館・科学館や環境教育などはアプリの部分にかなり人材を投入しているように感じます。
図書館が戦後の「宣言」の前文の中で

4 わが国においては、図書館が国民の知る自由を保障するのではなく、国民に対する「思想善導」の機関として、国民の知る自由を妨げる役割さえ果たした歴史的事実があることを忘れてはならない。図書館は、この反省の上に、国民の知る自由を守り、ひろげていく責任を果たすことが必要である。

を拡大解釈する傾向があり、図書館から何らかの学習プログラムを開発し提供する事は「知る自由を妨げるものである」という風潮があったのではないか。思想善導とまではならないだろうが、確かにエコなライフスタイルもひとつの思想であるし、インターネットを上手に活用しようもひとつの思想であることを考えれば、図書館が主体となってそのような学習プログラムを提供する事を「思想善導」と拡大解釈する向きがあるのは、理解できないわけではない。しかしながら、そのために図書館をもっと利活用するためのプログラム=図書館アプリの開発をしないという理由にはならないのではないか。と、そんな風に思うわけです。

もしご興味・ご関心のある方がいらっしゃいましたら、一緒に考えて図書館アプリを作ってみませんか?
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by maruyama_takahiro | 2010-12-15 22:59 | これからの図書館 | Comments(0)

提言:図書館協議会から図書館委員会へ(住民自治による公共図書館ガバナンス)

大それたことを言うつもりはないのだが、今日山中湖情報創造館にリサーチに来た大学生たちと話をしているうちに、やはり日本の公共図書館(という公の施設)に対するガバナンスのスタイルをしっかりと考えるべきなんじゃないか…という話題になったものだから、その勢いもあって書いちゃいます。


◯図書館協議会は、何の権限も責任も無い。
 正直なところ、そんな[諮問機関]にどういう意味があるのか、僕には理解できません。ましてやそれが『図書館法』という法律に明記されてしまっている以上、存在を否定する事も、またそれに変わる組織を設置することもなかなか難しいわけで、館長の諮問に答えたり、館長に意見を述べることはできたとしても、それを館長が活用しようが活用しまいが裁量は館長にあるわけですね。
 そんなわけで、諮問機関には何の権限も責任も無い訳で、これをもって住民自治があるとは言えない…と思う訳です。

◯それに比べて「図書館委員会」とは
 以前このブログにも書いた僕の記事をご覧下さいませ。
 図書館理事会/図書館委員会
 柏書房さんの「最新図書館用語大辞典」による説明が的を得ていますが、図書館委員会はその人気期間中において、権限と義務と責任を持ちます。
 (1)有能で的確な図書館長を採用する,
 (2)図書館の運営と計画に関する成文化された政策・方針を決定し採択する,
 (3)図書館の目標を決定し,図書館の計画を遂行するために,充分な資金を獲得する,
 (4)地域社会との関連において図書館の計画と図書館に対する要求を知り,諸基準と図書館の動向にたち遅れないようにする,
 (5)立案されたPR計画を決定し,支持し,実際に参画する,
 とあるように、住民から選出されたメンバーが、その図書館のコントロールを行なうことができるのが、この「図書館委員会」なのです。

 僕自身が指定管理者図書館長として仕事をしている中で、いつも感じることは、「公共図書館における最高意思決定機関」とはどこだろうか…と。少なくとも館長の諮問機関では最高意思決定期間になるはずもなく、上記にあるように図書館協議会は「館長を採用する」ことすらできない。これでは正直なところ、公共図書館に対する住民自治などは夢のまた夢…でしかありません。

 戦後の混乱期ならいざ知らず、戦後60余年民主主義による社会を作って来たこの国において、地域の公共施設に対する住民による自治がまったくもって出来ていないことに対して、なぜ放置してきてしまったのか…と、思っています。
 これは図書館側にも問題はあるし、図書館協議会側(特にその全国組織側)にも、改善する働きかけをして来なかったという問題もある。

 公共図書館が、直営から業務委託、指定管理者という流れのなかにあり、今後「新しい公共」による公共図書館運営が視野に入って来ている時代。であればあるほど、住民自治による「図書館委員会」による公共図書館のガバナンスという仕組みづくりに、図書館界も地域の教育委員会も地域住民側も取り組むべきなのでは…ないでしょうか。
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by maruyama_takahiro | 2010-12-13 22:58 | これからの図書館 | Comments(0)

図書館分類多様性の時代へ。

ご存知のとおり、図書館の分類はNDC(日本十進分類法)によって、分類されそれが[請求記号]や[排架]となって形づくられている。
確かに良く出来ている分類法ではあるが、書店の配置と比べると判りにくいという指摘もある。書店ではどのように分類されているかといえば、多くはCコードを使っている。これは出版社側がその本に対して付けた分類であるのだが、図書館ではこのCコードによる分類はまったくと言ってよいほど使われる事は無い。

お近くの本があったら、ISBNコードをあたりをみていただきたい。

 ISBN 978-1234567899
 C0037 ¥1200E

こんな風に書かれている。この C0037 がいわゆる Cコードである。

 この場合は、第1桁が0は一般、第2桁が0は単行本、第3•4桁目が37は教育といった具合である。
図書館の蔵書をいきなりCコード分類にすることは大変であり、また実際に細かな分類が必要なことも少なからずあるので、やはりメインはNDCということになるのだが、書誌データにもこのCコードがあればいいなぁ…と、おもったりもする。
 Cコードそのものは、書籍に印刷されているものを使うとしても、物理的排架となるとなかなか難しい。そう、僕がいいたいのは[電子的排架]であれば、Cコードで探す/同じCコードで類書を探す…というのもありなのではないだろうか。
 さらには、UDC(国際十進分類法)DDC(デューイ十進分類法)、近くにはNDLC(国立国会図書館分類法)もある。
 それぞれの情報が書誌データに入ってさえいれば[電子的排架]は不可能ではない。

 このブログでも書いた事があるが、こうした分類法だけでなく、[時間軸/年表]による分類や、[空間軸/地図]による分類、生物などの[系統樹]による分類や人物の[相関図]による分類など、図書館はもっと多くの分類法を導入し、様々な資料要求に応えることができるのではないだろうか。

 これを僕は、『図書館分類多様性』と名づけたい。

 物理的はラベル貼りや排架では、複数の分類方法を導入することは難しかったが、物理的排架は現在のNDCを用い、電子的排架(ウェブ上での蔵書のブラウジング)では不可能ではない。

少し、そんなことを考えていたりする。
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by maruyama_takahiro | 2010-12-12 02:13 | これからの図書館 | Comments(0)

図書館と演劇とコミュニケーション

図書館員(司書という限定的な職能だけではなく…という意味で)には、図書館情報学やら大学の司書課程で学ぶ内容もさることながら、実はもうちょっと多様なスキルが必要なのではないか…と、現場での日々の業務の中で感じたりしています。

これもそのひとつ。

コミュニケーション力を引き出す (PHP新書)

平田 オリザ / PHP研究所



読み聞かせやお話し会、朗読やストーリーテリングなど、人前で声を出す場面が少なくはないのだけれど、どうしても「図書館業界」の範囲でしか捉えていなかったりする。
なので、こんな本を読む…だけでなく、実際に演劇ワークショップなどに参加している図書館員さんがいらっしゃったら、それはたぶん宝石だ。

こちらもおススメ。

インプロ教育―即興演劇は創造性を育てるか?

高尾 隆 / フィルムアート社


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by maruyama_takahiro | 2010-12-06 00:22 | これからの図書館 | Comments(0)

そうきたか「オーズ編」

このシリーズは嫌いじゃない…いや、好きな類い。

ぼく、仮面ライダーになる! (講談社の創作絵本)

のぶみ / 講談社


仮面ライダー一号とクモ男と思いきや…さっそくこんな展開に!

ぼく、仮面ライダーになる! オーズ編 (講談社の創作絵本シリーズ)

のぶみ / 講談社



そうか、そうきたか。「オーズ編」
まだ中身をみていないので、オーズと闘うのはグリードではなく、コウモリ男!
表紙から見て、「タトバコンボ」なのだが…まさか、この先

「ぼく、仮面ライダーになる オーズ編 ラトラーターコンボ」
「ぼく、仮面ライダーになる オーズ編 ガタキリバ コンボ」
「ぼく、仮面ライダーになる オーズ編 サゴーゾコンボ」
「ぼく、仮面ライダーになる オーズ編 シャウタ コンボ」

なんて展開には…ならんだろうなぁ。なったらなったで、すごく面白いんだけど。
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by maruyama_takahiro | 2010-12-02 14:37 | おススメ | Comments(0)