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真説「さるカニ合戦」

今日は、峠を越えて児童奉仕の集りに参加した。
それにしても、みなさん芸達者だ。学ばなければ....

そんな中で、「さるカニ合戦」の紙芝居の上演があったのだが、いまさらなのだが、なぜ“合戦”というタイトルなんだろう。子ガニがさるに親のカタキをとるだけなら、なにも“合戦”などとつける必要はないのではないか...なんてことを考えた。ひょっとしたら、この話にはきちんとした続きがあるのではないか...と。
子ガニたちが親のカタキとして打ち取ったさるであるか、このさるにも実は家族があった。最初のにぎりめしと柿のタネの交換も、この家族を食べさせなければならないために、無い知恵をふりしぼった結果だったのではないか。そして、今度は殺されたさるの身内が徒党を組んで、子ガニ連合と戦うことに。この憎しみの連鎖が断ち切れず、さる軍団と子ガニ連合との大戦争物語が、実は、“真説さるカニ合戦”なのでは...な〜んて、本当のグリム童話は恐ろしい...的な物語がありそうな気がした。

それにしても、ちょっと気になるのは、小さな子供向けのお話に、「親のカタキ打ちは正しい。しかも、仕返しは計画的に!」...という、物語はどうなんだろうか...と。せめて、お話の後には子供たちにそれなりのフォローが必要なんじゃないかなぁ(例えば、昔は復讐ってあったけど、今は復讐が本当に良い事なのか考えてみようよ...とか)。

また、別のチームが「ねずみの嫁入り」の人形劇を演じたのだが、ねずみの父親が「うちの娘をもらってください」と、太陽や雲や風や壁に言う。...娘さんはモノではない。男女共同参画社会だの、ジェンダーだのを持ち出すまでもないことだが、こんな話を子ども時代に聞かせるのはどうなんだろう。お話の筋を変えてしまうことはできないとすれば、これもお話の後にはフォローが必要だと思う。「昔はね、結婚相手を親が決めてしまう時代があってね、今とは違うね〜」...とかが、必要なんじゃないかな...って。

何気に子供たちに語ってしまう物語であっても、一度気になると、とっても気になってしまう。こうしたときは、お話で終わらせるのではなく、お話し後のフォローの付け方も、みんなで作っていきたい...なんて、感じてしまいました。
by maruyama_takahiro | 2007-04-19 23:57 | 日々是電網
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